速報【ジャニー喜多川 死去】くも膜下出血 87歳

ジャニー喜多川

ジャニーズ事務所の代表取締役社長であるジャニー喜多川が、

解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため、本日7月9日16:47に東京都内の病院で死去した。

87歳だった。

これは本日、同事務所がマスコミに向けたFAXで発表したもの。

ジャニーは6月18日11:30頃に自宅で体調の異変を訴え、病院に向かおうとしたところ意識を失い緊急搬送された。

搬送後、集中治療室において救命措置が行われたことにより、一般病棟に移ることができ、所属タレントやジャニーズJr.と面会することが叶った。

またジャニーの容態が危険な状態に陥った際、タレントたちが声をかけたり体をさすったりすることで、一時的に容態が回復することがあったという。

ジャニーは1962年にジャニーズ事務所を創業。以降、プロデューサーや演出家としてさまざまなエンタテインメントの創出に励んできた。

通夜および告別式は、家族葬の形式で所属タレントやジャニーズJr.のみで執り行われる。

なおお別れ会は後日開催される予定だ。




ジャニー喜多川のベールに包まれた生い立ちとは!?

1931年、僧侶だった父親の活動の関係で、米ロサンゼルスで生まれた。

10代で、公演で現地を訪れた美空ひばりらの通訳をし、ショービジネスの基礎を学んだ。

朝鮮戦争に米軍の一員として参加。

その後、日本でバンド活動などをする傍ら、コーチをしていた少年野球チーム「ジャニーズ」からメンバーをスカウトし、

62年、同名グループのマネジメントのためジャニーズ事務所を設立した。

70~80年代にかけてフォーリーブスや郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJIら時代を代表する人気タレントが次々と輩出。

日本の歌謡界で歌って踊れる「男性アイドル」というジャンルを定着させた。

その後、世に送り出したSMAP、TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐、関ジャニ∞、King&Princeなどがヒット曲を連発。

テレビのドラマやバラエティー番組も席巻し、マルチタレントとして幅広い世代から支持を集めることに成功した。

また堂本光一が主演した舞台「エンドレス・ショック」など、所属アイドルの舞台やコンサートの企画、演出にも積極的に取り組んだ。2003年には菊田一夫演劇賞特別賞を受賞。

11年9月にはギネスワールドレコーズ(ギネス世界記録)が「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」に認定した。

人気アイドルを途切れることなく世に送り出し、メディアや芸能界に強い影響力を及ぼした一方、16年にSMAPが解散し、18年にTOKIOのメンバーの1人が不祥事で引退。

今年1月には嵐が20年いっぱいでの活動休止を表明するなど、「ジャニーズ王国」の影響力低下を指摘する声も出ていた。